
17日、劉公島付近の海域で引き揚げられた「定遠」の裝甲板。(威海=新華社配信)
【新華社済南9月24日】中國山東省の威海灣に浮かぶ劉公島の舊清朝北洋海軍基地東側海域でこのほど、中日甲午戦爭で沈沒した戦艦「定遠」を調查する水中考古學チームが、同艦の裝甲板1枚の引き揚げに成功した。
中國國家文物局の水中文化遺産保護センターは、中國國內で引き揚げられた唯一の清朝北洋海軍裝甲艦の防禦裝甲だと紹介した。

18日、劉公島付近の海域で実施された「定遠」裝甲板の引き揚げ作業。(威海=新華社配信)
定遠の建造契約記録によると、同艦の裝甲は鋼板の上に錬鉄を流し込んで固めた複合裝甲となっている。今回引き揚げられた裝甲は長さ2・86メートル、幅2・60メートルの1枚分で重さは約18トン。厚さが330ミリあることから定遠のものであることが証明された。
今回の調查プロジェクトチームを率いる周春水(しゅう・しゅんすい)氏は「126年前の9月17日に起きた黃海海戦で、定遠は北洋海軍の旗艦として極めて強力な裝甲防禦力を盾に日本海軍の包囲攻撃に立ち向かい、一歩も引くことがなかった。引き揚げられた定遠の裝甲はそれを物語っている」と語った。

18日、劉公島の脫塩プールで保護処理を受ける「定遠」の裝甲板。(威海=新華社配信)
定遠はその後の威海衛防衛戦で、日本の水雷艇の奇襲により雷撃を受けて劉公島東村の淺瀬に擱座。日本軍による鹵獲(ろかく)を防ぐため、ほどなく自沈した。
威海灣では、北洋海軍沈沒艦の保存狀況を確認するため、中國國家文物局水中文化遺産保護センターを中心とする合同考古學チームが2017年から調查活動を実施している。定遠は19年夏に沈沒地點が確認された。今年の調查では、定遠の裝甲を含む千點以上の遺物が引き揚げられ、艦船の殘骸狀況も基本的に把握できたという。(記者/王陽)
當社のコンテンツは著作権法によって保護されます。無斷転用、複製、掲載、転載、営利目的の引用は禁じます。












